ESTi

박진배


ESTIMATE Founder, Creative Director, Sound Producer

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YUKIKAを世に送り出した、ESTi氏インタビュー

文春オンライン

'분게이슌슈(文藝春秋, 문예춘추)' Online (文春オンライン) 


韓国発・日本人シティポップ歌手が世界で注目 “黒幕”ゲーム会社社長が語った戦略

YUKIKAを世に送り出した、ESTi氏インタビュー


筧 真帆
2020/09/23


 韓国発の“シティポップ歌手”として、世界で注目を浴びている日本人女性、YUKIKAこと寺本來可(てらもと・ゆきか)さん(27)をご存じだろうか。

 ファースト・アルバム『SOUL LADY』は、リリース直後、米国、英国、カナダ、オーストラリア、フィリピン、ペルー、コロンビア、アルゼンチンなど計8ヶ国のiTunesのK-POPアルバムチャートで1位となる異例の記録を作った。

YUKIKAこと寺本來可さん

YUKIKAこと寺本來可さん



 そんなYUKIKAさんのマネジメント会社「エスティメイト」の社長で、音楽家・ESTi名義で活躍するパク・ジンベ氏(40)。実は、ベテランのゲーム音楽作曲家で、「エスティメイト」はゲーム関連会社であり、YUKIKAさんは氏の会社が初めて契約したアーティストだ。

 なぜゲーム会社の社長が、ひとりの日本人女性を“シティポップ・クィーン”として世に送り出すことを決意したのか。その経緯と、日本カルチャーから多大な影響を受けてきた人生について聞いた。(全2回の2回目/前編から続く)


◆◆◆

シティポップは、日本が豊かな時代の音楽


――日本人のYUKIKAこと寺本來可さんが、韓国発の“シティポップ歌手”として話題になっています。“シティポップ・シンガー”としての方向性を定めた背景は。


パク・ジンべ社長(以下パク) 意図的に「シティポップを作ろう」としたのではありませんでした。僕は、シティポップという明確なジャンルは無いと思っています。僕自身が親しんできた、80~90年代に日本で流行した音楽をベースに作って生まれたものが、いまYUKIKAが歌っている音楽です。

 とはいえ、韓国では一般的には“シティポップ”と言うほうが馴染みがありますし、シティポップと解釈してもらって問題ありません。

パク・ジンべ社長

パク・ジンべ社長



――YUKIKAさんのファースト・アルバム、『SOUL LADY』のコンセプトを教えてください。


パク 日本からソウルへ来た女性が、ソウルでの生活で感じる様々なトキメキを歌にしました。そしてサウンド面ですが、僕がよく記憶している、シティポップと呼ばれるJ-POPたちは、日本が豊かな時代の音楽だったと思います。

 当時のJ-POP作家たちが世界水準のサウンドを作ろうとしていたように、いま世界的な音楽水準に肩を並べているK-POPチームで、当時のJ-POP作家たちの思いを想像しながら挑戦したアルバムです。なので、「J-POPをそのままK-POPにしよう」ではなく、当時をリスペクトする思いで作りました。


ファースト・アルバム『SOUL LADY』

ファースト・アルバム『SOUL LADY


――出会いのきっかけは、どんなふうに?


パク YUKIKAは以前、日本のゲームシリーズ『アイドルマスター』から派生した韓国のプロジェクト『アイドルマスター.KR』の一員でした。

 実は僕、日本のオリジナルゲーム版『アイドルマスター』の作曲に、韓国人で唯一参加していたので、彼女たちのプロジェクトも知っていたのですが、2018年にそのプロジェクトが終わり、YUKIKAが次のステップを模索している時期に出会いました。

 まずは試しにゲームの歌をお願いしたら、良かったんです。その後、本格的なソロシンガーとしてデビューさせるべく、わが社で初のアーティストとして契約をしました。


――YUKIKAさんの歌手としての経歴は、約2年のグループ活動のみでしたが、ソロシンガーにしようと思った理由は何でしょうか?


パク 最初YUKIKAに会った時、声優をしていたという経歴が印象に残りました。僕は中学生の頃、日本のアニメ声優のCDも聴いていたのですが、歌は特に上手くなくとも、曲が好きで聴いていたんです。

 そうした経験から、プロデュースがきちんとしていれば良い音楽を作れると思ったので、YUKIKAの歌手としての経験値や、年齢的なことも、気になりませんでした。

パク・ジンベ社長

パク・ジンベ社長


日本のゲームや雑誌に触れて育った子ども時代


――日本の文化にお詳しいですよね。パク社長が日本カルチャーと出会ったいきさつを教えてください。


パク 両親が営んでいる花屋の隣が、輸入物のビデオや雑誌、ゲームなどを扱う店だったんです。子供のころ、母が忙しい時は隣の店のおじさんの所へ行って、店で流れていたビデオをよく見ていました。それが日本の作品と知ったのは後になってのことです。

 また両親が日本のゲームや雑誌をたくさん買ってくれて、幼稚園児の頃は日本のゲームをよくやっていましたね。雑誌は日本語がちゃんと読めないので、写真だけ見ていました。


――特に思い出に残っている日本の作品は?


パク 小学生の頃、ゲームだとMSX、雑誌だと『アスキー』をよく読んでいました。ゲームの写真がたくさん載っているので。漫画は高橋留美子先生の作品が好きでしたね。

 1990年代になると多くの海賊版もあったので、『ドラゴンボール』や『スラムダンク』が韓国で大人気になったのですが、当時韓国でも有名だった『ガラスの仮面』など読んでいました。でも内容をちゃんと理解していたわけではなく、後で正式ライセンスされた翻訳版を読み、こんな内容だったのかと知りました。


リモート取材に答えるパク・ジンベ社長

リモート取材に答えるパク・ジンベ社長


洗練されたJ-POPのインパクトは大きかった


――ずいぶん濃く触れてきましたね!日本の音楽も聴いていましたか?


パク 89年前後、初めて見たJ-POPがWinkで、衣装や振付けがとても印象に残っています。当時韓国のテレビに出ていたのは、トロット(韓国演歌)をやっているような歌手たちが大半でしたので、洗練されたJ-POPのインパクトは大きかったです。僕が小学2~3年ごろですね。

そうした日本の歌謡曲のビデオや漫画を熱心に買っていたのは、主に僕より7~8歳ほど上の、72~73年生まれの人たちだと思います。(韓国でK-POPの祖といわれる)ソ・テジが72年生まれで、僕は彼らと似たタイムラインで日本文化に触れていたと思います


――ちょうど72~3年生まれといえば、日本でも『Niji Project』で人気のJYP代表、J.Y.Parkさんが桑田佳祐さんや小室哲哉さんをリスペクトしていたり、BTSなどを輩出したBIG HITのパン・シヒョク代表が中森明菜さんの大ファンを公言していますよね。韓国を代表する音楽プロデューサーの方々がJ-POPを話題に出すことは、そうした背景と通じるのでしょうか。


パク その通りですね。当時の日本音楽や文化を好きだったJ.Y.Parkさん世代の方たちが、いま韓国で重要な地位に就かれたことで、音楽界だけでなく色んなジャンルに当時の日本文化の要素が取り入れられていると感じます。


高校2年でゲーム音楽の作曲家に


――パク社長は、ゲーム音楽の作曲家でもあるのですよね。ゲーム音楽を作り始めたのはいつからですか?


パク プロとしてのスタートは98年、高校2年生のときです。当時、韓国でゲーム音楽を作る人は10人もいなくて、その中でも僕は特に若い方でした。ゲーム音楽だけで言うと、作曲歴は25年ほどになります。


ESTiとして手掛けたゲーム音楽「PLASTIC CITY (Original Version)」by ESTi feat.Shihoko Hirata +「PLASTIC CITY - Taku Inoue Remix」Tokyo Game Show 2017 より

 

――そうして、ゲーム関連の会社「エスティメイト」を立ち上げたんですね。


パク はい。ゲーム音楽からスタートして、広告映像、MVなどのコンテンツを作る会社となっています。新しいゲームができ、どんな芸能人を採用するかという内容を検討するうちに、社内に歌える芸能人がいても良いのではという話が出てきたんです。そんな折にYUKIKAと出会いました。


社内では「日本要素を前面に出すと不利になるのでは」という声も


――リリース早々に、8ヶ国のiTunesのK-POPアルバムチャートで1位を記録したYUKIKAさんのファースト・アルバム『SOUL LADY』ですが、1曲目から、東京の羽田空港からソウルの金浦空港へ到着する「From HND to GMP」で始まって、日本語をつぶやくだけの曲もあったりと、YUKIKAさんが日本人であることが活かされたアルバムだと感じます。

m.net『M COUNTDOWN』出演時のYUKIKAさん

m.net『M COUNTDOWN』出演時のYUKIKAさん


パク 実は、会社内部からは、日韓関係の摩擦もある中で、日本の要素を前面に出すことは不利になるのではという声もありました。

 でもアーティスト本人も日本人ですし、“韓国のもの”としてラッピングするのでなく、韓国と日本がミックスされた作品にしようと思いました。きっと個性になる、音楽的にしっかり作れば理解されるだろうと。結果、ネガティブな反応は全く無いですね


どうしても、昔のシティポップの方が音がいい


――制作で苦労したエピソードがあれば、教えてください。


パク シティポップと括られる時代の音楽は、ミュージシャンがスタジオへ集合して録音したケースが多かったと思います。我々も極力そこに近づけようと試みたのですが、K-POPを作る方式と違ってすごく苦労しました。

 各スタジオで演奏した生音を集めて作りましたが、“らしく”ならないんです。どうしても、昔のシティポップの方が断然音がいい。次のYUKIKAのアルバムは極力日本へ行き、日本のスタジオミュージシャンと録りたいですね。


――作曲には、SHINeeやRed Velvetなど大人気K-POPチームの楽曲を多く手掛ける、音楽家チーム「MonoTree(モノツリー)」のメンバーがたくさん参加されていますね。


パク MonoTreeの代表で作曲家のファン・ヒョンさんと個人的に親交がありまして。ファン代表はMonoTreeを設立する前に、KARA等の楽曲などで有名な音楽家チーム「Sweetune(スウィッチューン)」で活躍されていました。Sweetune出身の方は日本音楽を好きな方が多く、K-POPの日本語楽曲にもよく参加しているので、話がすごく通じるんです。

 そうした経緯もありYUKIKAがソロデビューする前、MonoTreeの元へボーカルレッスンに出したんですよ。彼女の作品に参加したいという作家たちが集まってきて、今回のアルバムにも沢山参加してくれています。



「英国でiTunesの1位になっている」と聞いて理解できなかった


――アイドルとは違った立ち位置で、しかもデビュー2年目の新人であるYUKIKAさんのアルバム『SOUL LADY』が、海外チャートで首位を取ることは、かなり異例と思われます。これまでも、海外からの反応は届いていましたか?


パク 今回のアルバムリリース翌日に、英国でiTunesの1位になっていると連絡が来たとき……、最初は理解できませんでした(笑)。


MBC M『SHOW CHAMPION』出演時のYUKIKAさん

MBC M『SHOW CHAMPION』出演時のYUKIKAさん


 デビュー曲「NEON」をリリースした昨年2月のときは、MVを発表して1週間後、急にYouTubeの再生数が上がったんです。どうも海外で有名なシティポップのコミュニティにピックアップされたらしく、100万再生を超え、英語のコメントも増えて。その時から海外でYUKIKAを支持する人が増えていったようです。


――韓国以外では、どんな国からのアクセスが多いですか?


パク 一番多いのがアメリカ、次に日本、続いてフィリピン、ブラジル、アルゼンチン辺りが高いです。全体の5割強が外国、残りが韓国です。


――ところでシティポップは、特に韓国での支持率が高いです。韓国におけるシティポップは、どんな存在でしょうか。


パク 先ほども申し上げたように、韓国音楽の中で一部のジャンルは以前から日本音楽の影響を受けているので、韓国人はもともとシティポップの要素に親しみがあるんです。最近、韓国ではそれまで人気だったヒップホップやEDM音楽がやや下降気味。そこで、シティポップが、耳馴染み良く楽しめる“今ドキの音楽”として、韓国で流行の1つになったんだと思います。

 ただ当時のシティポップを正確に知らない人がほとんどなので、ディスコやアシッドジャズであっても、お洒落な音楽はすべて「シティポップ」と呼ばれる傾向はありますね。

リモート取材に答えるパク・ジンベ社長

リモート取材に答えるパク・ジンベ社長


 ちなみにMonoTreeの作家たちによると、大手K-POP事務所から「楽曲にシティポップの要素を入れて欲しい」という話がよく出るそうなので、段々とメジャーシーンでも存在感のある音楽になっているのかなと感じます。


J-POPの長所は「蓄積されたアーカイブがしっかりあること」


――パク代表からご覧になって、K-POPとJ-POP、それぞれの良さはどんな点でしょうか?


パク J-POPの長所は、歴史が長く、音楽人口も多いので、蓄積されたアーカイブがしっかりあることだと思います。今回『SOUL LADY』のアルバムを作る時、かなり日本の書籍を買って勉強しましたが、そうしたデータが残っているのがうらやましい。短所といえば、蓄積が強固なだけに、大きな変化への適応が難しい点だと感じますね。

 K-POPの長所は、ネットを通して世界の流行をすぐに吸収する点です。ラテンやトロピカルハウスが流行ればそれをアイドル音楽に使い、ヒップホップが流行れば一気に吸収したり。韓国は色んな具材を混ぜて食べるビビンパが美味しいですよね。音楽もそれと同じかと(笑)。


YUKIKAさん

YUKIKAさん



――最近、K-POP界で活躍する日本人がぐっと増えていますが、どのように見ていますか?


パク 日本の方たちが韓国音楽を通してグローバルに活躍することは素晴らしいと思います。ただ、彼ら彼女らが名前以外は韓国人と全く変わらないほどに“K-POP化”されていることに、もったいなさも感じます。グループの場合、難しいのかもしれませんが。日本人に限らず、出身国の特色を活かしたメンバーのいるチームが出てくれば、もっと面白いのではと期待しています。


――今後YUKIKAさんを、どのように育てて行きたいですか?


パク “寺本來可”という1人の人間として、韓国でしっかり生きていきたいという本人の目標に沿えるように、良い音楽を作り、サポートしてあげたいです。

 日本の素晴らしい文化を、YUKIKAを通してさらに届けられるといいですね。今後YUKIKAも竹内まりやさんのように、長く活躍できるアーティストになってくれたらと思っています



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